昭和56年07月10日 月次祭



 夏季信行は愈々たけなわでございます。年々修行の内容と言うか、信行の性格というものが、有難い方へ有難い事へと、こう変わっていっておる事が、私は有難いと思う。今年の夏季信行に、これは私が感ずる事なんですけれども、はぁこれが合楽のご信者さん方だなぁと、いわばそんな感じが致します。何か今までは気張ったというか、この夏季信行にかけると言った様なね。この夏季信行で一つおかげを頂こうと言った様な、何かこう元気になるそんなものをね感じましたけれども。
 感じない訳ではないですけれども、何とはなしにもう当然の事、いや有難い事として、あの皆さんが参集して見えられる。ね、もう本当にお広前一時に始まりますが、一時にはもう立錐の余地もないだけ、このお広前が一杯になります。そしてもうそれこそたぎるような(熱湯?)を奉げられるわけです。これは私の感じですけれども、はぁこれが合楽のご信者さんだなぁというならば、当然の事として有難い事としてと言った様なものを感じます。皆さんどうでしょうか。
 今月いっぱいですから、まぁ色んな事情で出来ない方もございましょうけれどもやっぱり、出来るだけ参加させて貰われると良いですね。みずからも合楽の信者になった、あっははそんな感じが強くなるのじゃないでしょうか。ね。合楽の信者になった、合楽の信者と言うだけで、これはもう大変な事なんです、大体は。矢張り合楽のいうならば信と言うか、御比礼の真に通う通じる事になるからでございます。
 もう四、五日前でしょうか。今行橋地区に共励会があっております。もう先生方が参るようになりまして四、五ヶ月になりますでしょうか。先だっても末永喜久雄先生が参っておりまして帰ってからもう本当に、あちらへ参りますたんべんに、ご信者が増えられます。もう行くたんべんにこう机が一台ずつ増えていく有難い。そして今度はこう言う事が、あちらの塗板に掲示してございました、と言うてあちらの小学校五年生でしょうか良太郎君は、ね、そのくらいだろう、え、六年生ですか。
 神様からお知らせを頂くんです。もう本当に神様もまぁ期待に期待をかけておられる、まぁ家であり家庭であり子供だとこう思うんですけれども、それもとても普通子供の頭から出る様な事ではないと、いう感じなんです。塗板にこう掲示してあるのを写してきてました。私のところへ書いて持ってきてくれましたが、どう言う事が掲示してあったかと言うとね、「辛抱し待つばかりなり宝船」とあった、ね。「辛抱し 待つばかりなり 宝船」と、ね。私は辛抱し抜かなければいけないと思うんです。
 そしてその宝船に触れると、そこからねいうならば、辛抱する事はもう楽しい言、有難い事になってくるんです。それまではね矢張り血の涙が出るような思いをする。そこをじっと辛抱してきた。ここは言わずにはおれないと言う所も、もう金光様金光様で黙って治めてきた。そしてその辛抱が辛抱を重ねて、辛抱の修行が出来徳ができてくる、そこにいわゆる待つばかりなり宝船と言うおかげになっておる。
 そのおかげが愈々頂け出したら、まぁいうなら、今朝からのご理解で言うと、一人でに物が出来るようなおかげにもなってくると、ね。その辛抱は血の涙がでるのでもなからなければ、残念はがゆいけれどもというのでもない。むしろ合掌して受けれる心。その全てが神愛であった、神様が力を下さろうとする、いわゆる宝船のおかげを下さろうとする働きであったと言う事が分かりますから、辛抱せねばならんと言うのではなくて、辛抱する。その事が有難いと分かってくるのです。
 皆さんの場合は、今どの辺のとこを通っておられるのでしょうか。辛抱それはもう当然の事、いや有難い事として受けられるという。今日午前中に変わったお礼のお届けがございましたが、大阪のご信者さんです。ご主人がどんなに言うても、パチンコ狂でその癖がやまない。こちらの九州の方におられる、その主人のお姉さんに、どんなにしてもやめませんから、金光様にもお願いしてありますけれども、中々止めません。毎日お願いをシテ下さいと言うて、お姉さんに電話が架かった。
 そしたらお姉さんが言われる事は、勿論神様にもお願いするばってん、もうあんたも一緒にパチンコしなさいち。それがえらい効いたわけです。そしてもう昨日は早速その主人と二人で、あんたが行くなら私も行くで行ったわけ。そして一生懸命まぁ出るとも出たばってん負けるこつも負けた。三万六千円二人で負けたそうです。(笑い)さぁ帰ってから、ご飯頂きながら新聞ば読む。こげなこつしよるならこら飯は食われんぞち。(笑い)もう明日から止めようち、まぁ言うてくれましたと言うお礼の電話でした。
 よう身の上相談なんかでこう言う様な事を、ヤッパ言いよるんですねぇ方法論です。おばあさんと仲が悪い。もうとにかくもうしゅうと、姑の仲に喧嘩が絶えない。それである時そのお婆さんを殺そうと嫁さんが思うた。お医者さんに相談した所が、それはね劇薬でころっと死ぬごたるとじゃいかんから、ね。二ヶ月も三ヶ月も何時かじわっとからだが弱って死ぬ薬があるち言う。だからそれば私が作ってやろうと。
 だから二ヶ月かかるか、三ヶ月かかるか分からんけれども、必ず死ぬるとじゃけんでまぁいっちょ本気で、もう二ヶ月か、三ヶ月じゃから、親孝行ばして見なさい。ばばさんが喜ぶごたる風にしてやりなさいち言うたて。家内がもう二三ヶ月で死のうと思うたもんじゃからもう、その日からえらい、婆さんを大事にするようになった。それが一ヶ月たち二ヶ月たちするようになった所が、もう今までその婆さんが憎たらしかったのが、可愛いらしゅうなってきて、とてもこげな婆さんな殺されん、ね。
 だからお医者さんにその(おうでん?)毒を消えるごたる薬をお願いしますと言うてやったと言うまぁ方法論です。辛抱せねばならん。さぁそこを神様にすがって辛抱するのだと。そして辛抱していくうちに、ね。それによって徳を受ける。それによって力を受ける。それこそ辛抱し待つばかりなり宝船。その宝船のおかげを頂いて、初めて気が付く事は、あれはそれこそ残念とか、血の涙の出るような思いでしたけれども、あれは神様のご演出であった。お働きであった。
 私にこの宝船のおかげを下さろうとする神様の働きであったと言う事が分かってまいりますと後は楽じゃ。楽じゃないもう有難い。当然の事としてと言う事になる。夏季信行もそうです。始めの間はこの夏季信行に、一つかけて見ろうと言った様な信心から、もう当然の事当たり前の事、いや合楽の信者としては当然の事であると同時に、それが段々有難う成って来たと言う所ですか、そんな感じですから合楽の信心も、段々皆さんの信心も本当の事になって来よるんだとこう思います。
 今朝からの御理解に一人でに物が出来ると言う。とかく信心は地を肥やせ。地を肥やすときには肥やしたから、もうすぐと言う事ではないけれども、地が肥えて行くうちに、段々良いいうなら作物が採れるようになったり、お野菜が良く出来るようになったりする。やはりその、心が肥えるまでが信心辛抱である。しかもそれが一反の田んぼよりも二反、二反の田んぼよりも五反も、一町もと言う様に広く大きくなっていけば、それだけひとりでに物ができるものも、沢山頂ける事になります。
 昨日久留米の佐田さんが、一時の御祈念を終わった後に、今日はこんなお知らせを頂きましたと言うてお届けがあったんですけれども。美しいという字を頂いた、ね。下は大という字が書いてありましょう。美しいという字は。その大という字がもう特別に大きく頂かれた。あの人は心の美しい人だとこう申します。けれどもそれがささやかなものよりも、矢張り大きないやむしろ、偉大な美しさに育っていかなければならない。
 いうならば一反の田んぼよりも、五反も一町もと言う様に、広い範囲に根肥やしが出来るようになりますとそれだけの収穫も、また多いというものであります。だから大きくこれで良いと言う事はないです。美しいというその心も段々育って、大きくなっていかにゃなりません。その大きくなっていく手立てが、私は御教えだと思います。こげな事まで黙っとかにゃならんじゃろうか。
 まぁここが辛抱のしどころばい、黙って治めなさいと、先生が言うから、もう泣く泣くそれこそ辛抱しいしいに、黙って治めよったら直ぐ実証が生まれてきた。成程言わんでおって良かった辛抱して良かったと。そういう辛抱が積もり積もって、山ともなるというおかげ。辛抱し待つばかりなり宝船という様なおかげを、いっちょ頂いてみらなきゃいけません。宝船の着いたその後はもう辛抱ではない。むしろその事が有難い事。合掌して受けなければならない事が分かってくる。
 初めて信心辛抱の徳が身についてくる。もう歯がゆいとか残念という様な、辛抱せねばならない事がなくなってくる。そういう過程を私はこう踏んまえながら、大事にしていきながら本当なものに触れていきたい。今の話じゃないけども方法論。それこそもう婆さんでも殺そうごとある。それが反対に段々その婆さんが、ね。こちらが本気でお婆さんを大事にする気になったら、お婆さんも変わられた。もうその頃になったらそげな、こんな良か婆さんを殺しちゃ勿体ない。
 罰かぶるというて改めて、またその所がお医者さんが、あれはダブりはなかったという話からです。愈々まぁお母さんと嫁さんとの仲が良くなったというのだけでは、いわゆる方法論ですから、ね。その婆さんを大事にせねばおれないものが生まれてくると言う事。ね。ご主人がパチンコに行くから、姉さんに教えてもろうてから、姉さんもちったもやもやしてから言いなさったっじゃろ。あんたも行かんのち一緒に弟と一緒に行きなさいち。一緒に金使いなさい。
 はぁそういう手もあったと思うて一緒に行って、早速二人で負けに負けて帰ってきたら主人が改まったという。ね。それは方法でも矢張りそういう改まりが出来ると言う様な事もあります。けれどもこうしたからこうなったではなくて、こうせずにはおれないというもの。今日のお月次祭の前方に、超特級の月桂冠が十本お供えしてあります。これが四、五日前、私が下がりました後にある教会の、ここの手続きでもなんでもないですけれども、ここへ大変ここの教えによっておかげを頂いておる。
 助かっておるという教会です。総代さん方が、まぁだろうと思うんですけれども、二人でお礼に日々おかげを頂いてと言うて、お礼参拝をしてきておる。お礼参拝してきたのですから、もうお初穂だけででも、まぁ言うならば、お神酒の二本も持ってくる。それでいうなら神様の前には十分のごとあるけれども、ね。御大祭か何かならともかくだけど、なんでもないのに、超特級のお神酒を十本も持って御礼に来たとこういう。その教会の比礼その教会がおかげを頂く本がわかるような気が致します。
 成程一本でも二本でも良かろう。けれどもそこは女の先生ですけれども、そうせずにはおれないという心なのです。超特級のお神酒を十本お供えしたら、こういうおかげを頂くという、ね。そろばん高い信心じゃないのです。毎月参拝はして参りませんけれども、必ずお初穂を送ってきます。成程おかげを頂く元と言うのが、そうせずにはおられない内容を頂きたい。お月次祭でもやっぱそうです。お月次祭は朝も参った昼のまぁ、夏季信行にも参った。だからと言うのじゃない。
 矢張り月次祭は月次祭でお参りをせずにはおれないもの。夏季信行には、それこそまぁこれは私が感ずる、いわゆる合楽の信者の自覚と言う様なものが出来てきて当然の事として、いや有難い事として、それが出来る様に成った様な感じがする。皆さんの信心もそのように段階を追うて、有難うなって行っておられるのですから。もっともっと確かなものにしていく事の為に、「辛抱し、待つばかりなり宝船」の、一つおかげに触れて頂きたい。その後はもう楽で楽でそうせずには、ね。
 これが力を受けるのだ。これがお徳を受けるのだと言う事が、はっきり分かってまいりますから。それが有難い事ですから、もう辛抱しと言う事が要らなくなってくる。それこそ宝船が次々と入ってくるように。それこそひとりでに物が出来るように。しかもそのものが出来るのも、一反よりも二反、二反よりも三反と言う様な心が起こって参りますから、愈々その心を広う深うして行かずにはおれないという信心。そういう信心を目指して頂きたい。これはここ四、五日、私が特に感じておる事ですから。
 今朝の御理解にも聞いて頂いたんですけれども。私は昔本当あんたは、風たらぬくいという言葉を使った。あらもう椛目だけあたりの言葉かも知れません。風たらぬくい。そしてもう私自身がまぁ風たらぬくい男だという風に思うておった。所がある時神様から、その風たらぬくいという言葉を使うなと仰る。はぁ立派な奥様が参ってきて、親先生おかげを頂きました。もう私が風たらぬくございますもんじゃけんて、もう立派にこしらえた奥様がね、合楽言葉を覚えてから。
 風たらぬくい、風たらぬくいという言葉を使われるようになったんです。だからやっぱぼうぐるしい、聞き苦しかったんでしょう神様は。まぁ以来だから私は風たらぬくいという言葉は使わないです。そうですよね綺麗な上品な奥さんが、風たらぬくいちなんてん言葉使うなら、やっぱ見苦しい聞き苦しい。まぁそんな事で、風たらぬくいと言わんで思うておったけれどもね。私はどんな人間ではないと思うとったんです。泉尾のそれこそ今日本一といわれるような。
 泉尾教会の先生が、もうそれこそ口を開けば、もうわれ鈍物と言われるんです。あげん気の利いたお方がどこが鈍物じゃろうかと言うごとある。あんな立派な先生が鈍物なんとと思うけれども、何時もはわれ鈍物の自覚に立っておられると言うのである。それをふっと四、五日前からね、私が考えたんですけれども、いやぁ私は本当に鈍物だったなぁとこう思うんです。なしかと言うとですね。私がほんなら六十何歳、いうならやんがて七十年間の、いうならばこの方の信心であるのに。
 三十歳までぐらいは、もうそれこそあらたかな神様と言う事は、おかげを受けるという意味で、新たかな神様であって、いうならばまぁ子供の時から母が、ね。もう何かと言うと、はい善導寺にお参りしておいで。遠足はぁお願いにいかにゃならん。運動会またお願いに行かにゃならん。はぁ無事に帰ったけんさぁお礼に行きなさい。まぁだからそういうおかげを頂く事の為の神様であるという風な頂き方だけしか、段々物心が付いて参りましたら、もうとにかく一生懸命お参りをする。
 一生懸命御用をする。もうそれでおかげは頂けると、まぁ思うておった、いうならば、三十年間であったと言う事です。振り返ってみて終戦そして、今までの信心ではいけなかったと気が付いて、初めて信心の眼が開けだした。教えを頂きだした。教えを行ずる事が、こんなにも有難い事だと言う事が分かったのは、いうなら信心三十年ぶりであった。もうこんな鈍な男ががあるだろうかと、自分で思うくらいであります。そこで今合楽で説かれる合楽理念はね。
 どんな鈍な人にでも分からせられる。だから問題はその分かった事を、皆さんが本気でやろう。本気で行じようという気になれば、少しは辛抱しが要ろうけれども、必ず宝船のおかげが受けられる。次にはお徳が受けられる。そういう手立てが、合楽では朝晩説かれてあるのであるから、皆さんも鈍にもなっちゃなりません。本当に今合楽ではその手だてが説かれる。その手立てを本気で生活の中に頂いて。
 行じ抜いてそこは少し辛抱しと言う所も要るかも知れませんけれども、宝船をもう確信しておかげを頂かれて、本当に宝船に触れられた時、初めてもうあなたの先には、辛抱すると言う事すらがなくなってくる。有難い事ばっかり。そういう世界が私は開けてくるようなおかげ、ね。方法論からそうせずにはおれないという信心。それが有難いと分かる信心。辛抱せねばならぬという方法論。けれども辛抱しなければ馬鹿らしか。
 いいや辛抱する事じゃない。むしろお礼が言わねばならない事だと言う様に、ね。分かって参りますと、信心が愈々血肉になるというか、ね。一人でに物が出来るような大みかげ。しかもそのひとりでにおかげが頂かれれるというだけじゃなくて、佐田さんが頂かれておる、その美しいという字じゃないけれども、その美しい心も愈々偉大な心に育って行く事の精進はないものかと、こちらが求めるような心が生まれてくる。そうなったら信心も愈々、有難いと言う事になるのです。
   どうぞ。